Asian and African Studies XII, 3 (2008), pp.129-156 129 UDK: 81 COPYRIGHT ©: KOBAYASHI REIKO The Discourse Function of Japanese Degree Adverbs kekkô and warito 談話における「けっこう」と「わりと」の機能 KOBAYASHI Reiko (小林玲子)* Abstract Kekkô and warito are Japanese adverbs that express fairly high degree of the state of something. In the conversation, kekkô and warito are often used as a modal adverb which indicates the speaker’s expectation or possibility, and also can be used as filler words. The aim of this paper is to describe the semantic properties of kekkô and warito and to consider how their fundamental properties are reflected to the discourse function and the ways of using. Furthermore, we consider the cases that the speaker uses the functions with expecting some effects of utterance, such as politeness towards the listener. Keywords: degree adverb, modal adverb, the speaker’s expectaion, possibility, filler 要旨 「けっこう」と「わりと」は、程度や量の大きさを表す副詞であるが、会話にお いては、 話し手の予想や可能性を示すモダリティの副詞として使用されることが ある。また、間つなぎとして間投詞的に用いられることもある。小論では、「け っこう」と「わりと」の基本的な意味を明らかにし、その意味が会話における用 法にどのように拡張されていくのかを考察した。会話資料を観察した結果、各語 の表す基本的な意味と拡張用法には連続性が確認された。また、「けっこう」と * Kobayashi Reiko, Universita’ per Stranieri di Siena, Piazza Carlo Rosselli 27/28, 53100 Siena Italy. E-mail: kobayashi@unistrasi.si KOBAYASHI Reiko: The Discourse Function of Japanese … 130 「わりと」が聞き手への配慮表現や緩和表現となって効果的に使用されるための 条件についても論じた。 キーワード: 程度副詞, モダリティ副詞, 間投詞, 話し手の予想, 可能性. 1 はじめに 日本語の程度副詞は、程度や量を限定するだけでなく、物事の評価に関わ って話し手の心的態度を表す傾向があることは、先行研究でも述べられて いる(工藤 1983, 2000、仁田 2002、森田 2006)。さらに近年になって、程 度副詞が聞き手に対する配慮表現として用いられたり、談話の流れを管理 したりと、談話レベルで働いていることについても論じられてきている。 秋田(2005)や林(2007)は、程度副詞「ちょっと」の談話における用法や 機能を基本的な意味との関係で説明している。談話の中では、「ちょっ と」の「少量」「小程度」という基本的な意味が拡張されて、肯定や否定 の意味を緩和する表現として、あるいは聞き手の負担を軽減する表現とし て用いられているという。さらに、秋田(2005)は「ちょっと」のフィラー としての用法にも言及している。 蓮沼(2001)は、程度副詞の「けっこう」が、「誘導副詞」として、ある いは「間投的な用法」で使われる場合、機能の拡張がどのようにして成立 しているのかを考察している。蓮沼(2001)は、各用法の代表的な例とし て、次の(1)〜(3)を挙げている。 (1) 電車はけっこう混んでいた。 (蓮沼 2001 による例) (2) 結構、彼がやったのかも知れない。 (渡辺 1990) (3) 自分の絵を見てね、けっこういい線いってるなって、けっこうそう 思うこともね、けっこうあるんですよ。 (飛田・浅田 1994) (1)は程度がかなり大きいことを表す用法、(2)は「予想外のことだが気 づいてみれば大いにあり得る」という意味合いで、後に続く叙述内容を予 Asian and African Studies XII, 3 (2008), pp.129-156 131 告し、誘導する用法、(3)は会話の途中で間つなぎのために使われる「間投 的な用法」である。 「けっこう」と似ている副詞で、くだけた表現として会話でよく使わ れるものに「わりと」がある。「わりと」は、「わりに」や「わりあい」の 話し言葉的な表現である。「わりと」は、話し手の予想と比べて物事の程 度がやや大きいことを表す語だが、「けっこう」と同様にいわゆる「叙法 副詞」としての用法や「間投的な用法」もある。以下の (4)〜(6)は「わ りと」が実際の会話で使われている例である。 (4) 7014 14A あのー、洗ってるときは傷んでるかなー、と思ったけども ー、ねー、ちょっと乾かしてみたらなんか、わりと艶もあるしー、ね ー↑、腰もあるしー。 (男性) (5) F142:わりとえいやって思えば、行けるんだよね。 (名大) (6) 1340 03A (前略)、わりとそのー、営業所の、このー、ま、特に代理店 なんて、ま、特にそんなチェック厳しくないんでー{えー(03C)}、 まー、わりと自由な裁量に任せられていることのほうが多いんですけ どー。 (男性) (4)は、程度副詞としての用法、(5)は叙法副詞としての用法、(6)は間投 的な用法といえる。 小論では、「けっこう」と「わりと」の基本的な意味をそれぞれ記述 し、その意味が実際の談話における用法にどのように拡張されるかという ことを明らかにしたい。分析の資料としては、会話を録音・文字化した 4 種類の資料を用いた。(本稿末を参照) なお、本文中の議論においては 「けっこう」、「わりと」とひらがな書きにし、会話文字化資料に漢字で 書かれている場合は、資料の表記をそのまま引用した。 KOBAYASHI Reiko: The Discourse Function of Japanese … 132 2 程度と量を表す用法 2.1 程度副詞体系における「けっこう」と「わりと」の位置づけ 工藤(1983)では、程度の高いことを表すものと低いものを表す副詞の中間 に位置するものとして、「わりあい」「わりに」「けっこう」「なかな か」「比較的」が分類されている。1 渡辺(1990)は、程度副詞の体系を整理するために、判断構造という観 点から詳しく観察している。渡辺(1990)によると、程度副詞は発見系と比 較系とに対立し、そのそれぞれが非評価系と評価系に二分され、下の図の ように体系づけられるという。 非評価系 評価系 発見系 とても類 結構類 比較系 もっと類 多少類 表 1:程度副詞、渡辺(1990) 「結構類」には、 「わりに」、「なかなか」、「ばかに」、「やけ に」が分類されている。ただし、「なかなか」は量を表さないという点 で、「ばかに」と「やけに」は「 異常さ」 という特定の評価性を表す (工藤 1983)という点で、「けっこう」や「わりと」とは性質が異なっ ていると考えられる。 佐野(2008)では、量的程度副詞の「程度差」を表せないもの、すなわ ち比較構文にはたたないものとして、「けっこう」と「わりあい」が同じ グループに分類されている。この二つの副詞のほかに「まあまあ」も同じ 分類に入っているが、「まあまあ」は「満足できる基準に達している」 ということを表し、話し手の設定した基準よりも程度が大きいことを表す 「けっこう」や「わりと」とは、程度をはかるメカニズムが異なってい る。 1 「わりあい」と「わりに」は、「わりと」の書き言葉的な形式であり、ほとんどの先行 研究では、「わりと」ではなく、これらの形式が取り上げられてきた。 Asian and African Studies XII, 3 (2008), pp.129-156 133 こういった先行研究における程度副詞の分類を参考にし、小論では最 も似通った性質を持つ二つの語として、「けっこう」と「わりと」を取り 上げることにした。次の 2.2 からは、二つの形式を比較しながら、その意 味や用法を分析していきたい。 2.2 「けっこう」の程度・量限定用法 飛田・浅田(1994)によると、「けっこう」は「予想に反してかなり程度が 高い様子を表す」という意味記述がなされている。また、日本語構文研究 グループ(1991)は、「けっこう」が「話し手にとっては意外なことに」と いう意味を持ち、「かなり」と比較して「 話し手が思っていたことと比 べると程度が特に大きいか(小さいか)話し手が考えていたことと事実と の違いがより大きい」ことを表すとしている。 実際の用例を見ると、次の(7)では話し手が予想していたよりも程度が 大きいこと、(8)では量が多いことが表されている。 (7) 8153 16F:トリそばってのけっこううまいんだよなー。 (男性) (8) 6090 13C:けっこう、ありますねー、間違いが。 (男性) 渡辺(1990)は、「けっこう」に表される話し手の予想というものを 「懸念」という言葉を用い、次の例(9)を挙げて説明している。 (9) 結構はやっている。 (渡辺 1990) (9)の発話をする場合、話し手には「ひょっとすると客が少ないのでは あるまいか」という懸念が、低くみつもる先入観念としてあり、話し手が 対象に対して何らかの評価をしている。そして、「けっこう」の表現性は そういった懸念からの解放、「脱懸念」であるため、心理的に量は「大」 の方向へと向かう。そして、「おや、こんなにはやっているのか」という 「懸念していたのとは逆の状態」に気がつくという判断構造をとる、とい うふうに渡辺(1990)は述べている。 KOBAYASHI Reiko: The Discourse Function of Japanese … 134 また、 渡辺(1990)では、「けっこう」が対象に優性を認めるという意 味でプラス評価を与えるものとされている。つまり、(9)や次の(10)の場 合、対象にプラス評価を与えているか、対象の手強さを認めているため優 性といえるが、(11)のような例は適切な文として認められないというので ある。 (10) 結構難しい問題が出るから注意しろ。 (渡辺 1990) (11) 結構 *つまらない / きたない / 遅い (渡辺 1990) しかし、渡辺(1990)は後注において、「けっこう」とマイナス評価の 語との共起を認める者が少なくないと述べており、筆者も共起を認める立 場に立つ。飛田・浅田(1994)も「けっこう」には「プラスマイナスのイメ ージはない」としている。次の例(12)では、デジタルディスクの寿命が話 題となっているが、「短い」というマイナス評価の語と共に「けっこう」 が用いられている。 (12) 5590 12G:MOとかもけっこう短いらしい{うん(12H)}じゃ##。 (男性) 「けっこう」がマイナス評価の語と共に使用される頻度は多くないと しても共起は可能であるということから、「けっこう」に関わる話し手の 予想というのは、必ずしもマイナスイメージの「懸念」ではなく、広い意 味での「先入観念」のようなものではないかと考えられる。例えば、(12) の例では、「デジタルディスクは寿命が長い」という「先入観念」と実際 の程度との違いが「けっこう」によって表されているのではないだろう か。 また、日本語構文研究グループ(1991)は、「けっこう」は「あなたが 考えているのとは違って、私の意見では〜」という話し手の考えを述べる ときにも使われることを指摘し、次の例(13)を挙げている。 Asian and African Studies XII, 3 (2008), pp.129-156 135 (13) おなかが空けばこんなかたいパンでもけっこうおいしいですよ (日本語構文研究グループ 1991) (13)では、「かたいパンはまずいと思っているでしょうが、意外にお いしい」という意味になり、事前の評価が聞き手側の評価となるというの だ。しかし、聞き手側の評価というのも話し手が想定していることなので はないだろうか。それを説明するために、次の(14)の例をみてみよう。 (14) 4660 10D:[名字(10E)]くんはまだ若いからいやらしいと感じると かゆうけどもー、これっていやらしくないんだよ。<笑い複数>。 4661 10E:いやらしいっていわれても、<笑い(10D>今、けっこうシ ョック。 (男性) (14)で、4661 の話し手 10E は、予想よりも大きいショックを受けたと いうことを「けっこう」を用いた発話で表している。この予想というの は、「10D は 4660 の発話によって 10E がショックを受けるとは思ってい ない」という 話し手 10E の想定だと言うことができる。 以上のような例を観察すると、「けっこう」の基本的意味は次のよう に総括できるのではないだろうか。 「けっこう」話し手が聞き手と共有している場や文脈から予想した様 子よりも程度が大きい(量が多い)ことを表す。予想と実際の程度が違う ことに対する話し手の意外な気持ちを表現する。 2.3 「わりと」の程度・量限定用法 飛田・浅田(1994)は、「わりと」は 「程度がやや高い様子を表す」 とし、 「けっこう」と比べて予想と実際の程度の差があまり大きくないことを示 している。また、「ふつう好ましい状態の程度がやや高いという意味で用 いられ、好ましくない状態の程度についてはあまり用いない」、「特に比 較の対象を暗示しないことが多い」という解説も加えられている。 砂川他(1998)では、「ある状況から予想されることと比較すれば」と いう意味定義がなされており、「ある状況から予想されること」というの KOBAYASHI Reiko: The Discourse Function of Japanese … 136 は、必ずしも話し手の予想でなくても良いようだ。そのことを示すのに例 (15)が挙げられている。 (15) きょうの試験はわりとかんたんだった。 (砂川他 1998) (15)で、「わりと」には「いつもの試験とくらべて」、あるいは「むず かしいだろうというみんなの予想に反して」という意味合いがある、とい う説明がなされている。 また、 砂川他(1998)は、飛田・浅田(1994)と違って、「けっこう」はプ ラス評価でもマイナス評価でも使われると述べている。実際の会話データ の中にも、これを裏付けるようなマイナス評価の例は出現している。 (16) 7407 14A:(前略) やっぱりその当り前のことがねー、挨拶ー、だと か、わりとできていないんでー、それでー、きのーう、あのチェッ ク、しましたよね↑ (男性) (17) F098:体つきが(そうそうそう)わりと背が低くて(ええええ 、そう です、そうです)がっしりという感じのイメージがある。 (名大) (16)では、「できていない」という否定文、(17) では「背が低い」とい うマイナスのイメージを持つ語と「わりと」が共起している。 これまで「けっこう」と「わりと」の各語がどのように程度や量を限定 するのかみてきたが、次の(18)からは、「わりと」が「けっこう」と置き 換えられない用例を観察し、その理由を考察していく。 (18) 7031 14A :だからー、(髪を)切ったほうがいいですよ、けっこうバ ッサリと。 (男性) (19) 8026 14H:それはどれくらい前なんですか。 8027 14I:や、わかんない。 8028 14H:★けっこう前↑ 8029 14I:→19←7 何年 (女性) Asian and African Studies XII, 3 (2008), pp.129-156 137 (18)の「バッサリと」というような、量や程度が極限・極大に近い語と は「わりと」が共起しにくくなるといえる。(19)では、「前」という語と 共起できないのでないことは、「わりと前の話になるが…」などという発 話が可能であることからわかる。では、「わりと」は質問文では用いられ ないのだろうか。 次の(20)は質問において「けっこう」が用いられている 例であるが、ここでも「けっこう」は「わりと」と置き換えることができ ない。 (20) 6475 13H:じゃ、まず、鶴の子はーそのー、白餡(あん)だか、餡 (あん)の{うん (13A)}中に黄味あんだか、中に、あのー、が入 っててー、まわりはマシュマロなの。 6476 13A:へえー。 6477 13I:和風マシュマロみたいな感じで。 6478 13J:おいしいですよねー。 6479 13A:あっ。 6480 13H:えー。 6481 13A:それ、けっこう有名なんですかー↑ 6482 13I:けっこう有名。 (男性) (20)で、6475 から発話者 13H が「鶴の子」というお菓子について説明し ているが、発話者 13A はそのお菓子を知らないようで、6476 では「へえ ー」という納得を表す発話をしている。6477〜6478 では、他の発話者 13I, 13J も「鶴の子」についてコメントしており、6479 の「あっ」という発話 で 13A は気づきを表している。そして、6481 の「それ、けっこう有名な んですかー↑」という発話で、「自分は知らないけれど、意外にも有名な のかどうか」をほかの発話者に尋ねている。この場面で「それ、わりと有 名なんですかー」というと、 普通よりもやや有名だという意味になり、 「みんなが知っているのに自分は知らなかった」という発話者の意外な気 持ちを表せない。「わりと」を使うと、実際の程度が「けっこう」より低 く表され、相手が知っている情報について評価があまり高くないような印 象を与えてしまう。一方、次の(21)では、質問文における「けっこう」で も「わりと」と置き換えられる。 KOBAYASHI Reiko: The Discourse Function of Japanese … 138 (21) F054:(前略)血の巡 りが(うん)よくなる(よくな )薬ってある の。 F118:あるあるある 。 F118:うーん 。 F054:ふーん、結構それは普通に飲むの? みんな 。 F118:うーん。 (名大) 例(21)では、 4 番目の F054 の発話を「わりとそれは普通に飲むの?みん な」というふうに置き換えても、不自然ではない。それは、「普通に」、 「みんな」という言葉があり、一般的に考えられる状況と比較してという 意味でも文脈に合うからではないだろうか。 前の例(19)にもどると、聞き手が知っている時代の情報を聞くという文 脈で「わりと前↑」という発話が不自然になるのは、比較する一般的な基 準というものが話し手によって想定しにくいからではないだろうか。 このことから、「けっこう」には「 話し手の予想と違って」という意 味があるが、 「わりと」は、話し手が事前に頭の中に描いていることだ けでなく、「通常の様子から一般的に考えられることも含んだ広い意味で の予想と比べて」 という意味を表現するといえる。 小林(2009)では、「わりと」の意味特性を「話し手が予想している時点 での程度は、他の表現(けっこう、かなり、ずいぶん等)に比べて低く、 程度や量が極限に近い場合には用いられない」と記述したが、 話し手が 予想している時点の程度は計れないものである。そこで、ほかの先行研究 の定義に従い、「わりと」の意味を「予想より程度がやや大きいことを表 すこと」というふうに改めたい。 以上のような考察の結果、「わりと」の意味は次のようにまとめられ る。 「わりと」… 話し手の予想、あるいは通常の様子から一般的に予想さ れることに比べてやや程度が大きい(量が多い)ことを表す。よって、程 度や量が極限に近い場合には用いられない。予想と実際の状態を比較する 意味合いがある。 Asian and African Studies XII, 3 (2008), pp.129-156 139 3 モダリティ副詞としての用法 3.1 程度副詞からモダリティ副詞への傾き この節では、渡辺(1990)や蓮沼(2001)で取り上げられた「誘導副詞」の用 法をみていきたい。しかし、「けっこう」や「わりと」がこのような用法 で用いられるときには、必ずしも特定の表現形式を誘導するわけではない ようだ。そこで小論では、程度や量というよりは話し手の心的態度を表現 する場合の用法を、広い意味で「モダリティ副詞」としての用法と呼ぶこ とにする。話し手の「予想」を表すモダリティの副詞には、「案外」や 「意外に」などがある。工藤(1983)、渡辺(1990)、蓮沼(2001)も指摘し ているように、(2)のような「けっこう」の用法は、程度副詞の用法をはな れて、こういったモダリティ副詞のはたらきに近づいてきているのではな いかと思われる。例えば、先の(2)にみられるように「予想外」を表す用法 では、「かもしれない」などの、物事の実現可能性に関わる表現と結びつ きやすい。 (2) 結構、彼がやったのかも知れない。 (渡辺 1990) 次の(22)も「けっこう」が「かもしれない」の短縮形「かも」と結びつ いている例である。以下、「けっこう」や「わりと」と結びついている表 現を破線( )で示す。 (22) [ 年賀状が遅れて届くと困るという話題] F042:岐阜以外だったら結構雪じゃないと大丈夫かもよ。(名大) (22)では、「けっこう」を用いることによって、「年賀状が遅れること が予想されるが、実際は予想と違って大丈夫だという可能性が高い」とい う意味を表している。(2)や(22)の例では、「かも(しれない)」を取り除 くと不自然な発話になってしまう。 「わりと」にも同じような用法があり、その例が(23)である。 KOBAYASHI Reiko: The Discourse Function of Japanese … 140 (23) F052:一緒にいこっか 。 F052: ( うん )いつごろ行けるか言ってくれたら 。 F142: うん 。 F142:わりとえいやって思えば、行けるんだよね 。 (名大) (23)では、「わりと」が「かもしれない」などの物事の実現可能性を表 す形式と結びついておらず、「けっこう」に比べると話し手の予想と実現 可能性の差による意外性が薄れているようだ。その一方で、「行ける」と いう動詞の可能形および事態の把握を表す形式「のだ」が共に用いられて いる。このような形式が「わりと」と結びついて、「一般的に行けないと 思われている」という考えを改め、「行ける」ことを話し手が認識したこ とが示されている。 また、モダリティ副詞的な用法では、「けっこう」が命題内容全体にか かっていっていくと同時に程度性や量性を表す語にもはたらきかけるとい う例がみられる。次の(24)、(25)を見てみよう。 (24) 27 C4:けっこう、市って言ってるだけに{笑い}逆にさみしいってい う (会話) (25) 2483 05I:けっこう、わ、わけたほうが、あのー、てまもお金もか かるのね。 (女性) (24)では、「さみしい」という程度性を持つ語がみられるが、その一語 だけでなく、「市って言ってるだけに逆にさみしい」という内容全体にか かって、「市と言うとにぎやかな状態を想像するだろうが」という「予想 外」の意味を表しているといえる。(25)では、「てまもお金もかかる」と いう量を表す語があるが、「わけたほうが手間もお金もかかる」という事 態が実現する可能性が予想とは違って高い、という意味に解釈するのが自 然だろう。 このように「けっこう」の用法には、 程度副詞からモダリティ副詞と 用法への連続性が観察される。 Asian and African Studies XII, 3 (2008), pp.129-156 141 3.2 共起する文末形式 次に、「けっこう」と「わりと」のモダリティ副詞的な用法では、文末 にどのような形式が共起するのか具体的に見ていきたい。 3.2.1 物事の実現可能性を表すもの 物事が実現したり何かが起こったりする可能性を表す表現として、a. 「かもしれない/かも」 b.「そうだ」が「けっこう」と共起していたが、 この種の形式は「わりと」とは共起しにくいようだ。 a. 「かもしれない/かも」 3.1.で挙げた(2)、(22)の例のほかに、「けっこう」と共起する例には次 のようなものがあった。 (26) F030:日本語教育においては、もう復習みたいなもんで、だろうね、 たぶんね。 F030:私なんか結構もう1回ああははーんてなるかもしれない。 (名大) 「わりと」が「かもしれない」と共起している例は、今回分析の対象と したデータの中では、次の1例のみであった。 (27) F161:(前略)新宿よく行く? F062:あ、わりと、よく行くかも。 (名大) (27)では「かも」を省いても発話が不自然とはならず、「わりと」がモ ダリティ副詞として「かも」という形式と結びついているとはいえない。 (27)では、話し手 F062 の行動の頻度について話しているので、「かも」は 実現可能性を表すのではなく、断定を避ける婉曲表現の一種として用いら れていると考えられる。 KOBAYASHI Reiko: The Discourse Function of Japanese … 142 b. 「そうだ」 あることの生起可能性を表す形式「そうだ」は、「けっこう」と共に次 の例(28)で用いられたが、「わりと」の用例は今回分析した資料中にはみ られなかった。 (28) 1061 03A:けっこう場所取りがー、苦労しそうな、11 月の頭前後で。 (男性) 3.2.2 物事の自然な成り行きを表すもの 物事が自然とある結果に向かうことを意味する表現として共起した形式 には、a.「てしまう/ちゃう」、b.「なる」 がみられた。 a. 「ちゃう」 (29) は「けっこう」の例、(30)は「わりと」の例である。 (29) F067:カセットテープとか、カセットテープっていつまで残るんでしょうね 。 F067:(ねー)どうなんだろう。 F067:(うん)結構長く残ってしまう。 (名大) (30) F062:私もわりと 、なんか、買っちゃうねー。 F062:(うん)新しいやつ、(うん)出たら。 (名大) (29)には「長く」という程度性を表す語もあるが、「けっこう」が程度 の高さを表すと共に、「話し手の意志に反して長く残ってしまうという結 果になる」という意味も表していると考えられる。 b. 「なる」 次の(31)は「けっこう」の例、(32)は「わりと」の例である。 (31) 309 S1:あでも作るのはけっこう二人前っていう量になるよ (会話) Asian and African Studies XII, 3 (2008), pp.129-156 143 (32) F002:わりと食べるものにね、あの、あ、手羽が食べたいとか、 あ、にんにくが 食べ たいと か 、体に必要なものなんか自然に欲しくなるみ たい。 (名大) (32)の「わりと」の用例では、「なる」のあとに「みたい」が付加され ていて、話し手が断定を回避している。(29)〜(32)の発話に共通して、 「けっこう」や「わりと」は、話し手の予想や意志に反してあることが起 こったり、ある状態になったりすることを表しているといえる。 3.2.3 話し手の非断定的な判断を表すもの 会話資料で「けっこう」や「わりと」と共に用いられた話し手の非断定的 な判断を表すもののうち、代表的なものとして、 a.「 思う」、b. 「んで しょうね」、c.「んじゃない(か/かな)」がある。「んでしょうね」は 「きっと」や「たぶん」、「んじゃない(か/かな)」は「もしかする と」や「ひょっとすると」などの可能性を表すモダリティ副詞とも結びつ きやすい文末形式である。以下に、それぞれの例を挙げる。 a. 「と思う」 (33) 6876 12E:で、けっこう、あのー、オーダーじゃ、オーダー制じゃないと思うん ですよ。 (女性) (34) 1652 04A:でも、わりとこー、たぶん、その、カジュアルなものでー、わりと値の 張るものは買ってると思いますよー。 (男性) b. 「んでしょうね」 (35) 3335 07B:けっこう、いつまでもそれ続くんでしょうねー、あの大工事だから。 (女性) (36) F098:30 代の前半 まで(うん)とか、(うん)32 歳以下とか。 F075:え、(***)***本当はそうなってるけど、(うん) まあ、ちょっと 2〜 3 歳ぐらいだから、(うん)いいかと思って(うん) 出すこともあるんですけど、(う んうん)そういうのってわりと、それもやっぱりケースバイケースなんでしょうね。 (名大) KOBAYASHI Reiko: The Discourse Function of Japanese … 144 c. 「んじゃない(か/かな)」 (37) M034:まーいっか、ってけっこう思うんじゃない (名大) (38) F005:結構できるんじゃないかなー。 (名大) (39) F132:中国ってわりとそういうとこあるんじゃないかな、やっぱり。 F132:自分たちの、あの、中国が中心だという。 (名大) 以上のような形式が「けっこう」と「わりと」と共に用いられて、物 事が実現する可能性や、何かが起こりやすいという傾向が表されている。 その一方で、「けっこう」や「わりと」の表す程度が「とても」や「すご く」のように極大でないという性質も無視できない。こういった「けっこ う」と「わりと」の基本的な性質も非断定的な判断と共に用いられる一つ の要因となっているのではだろうか。「んじゃないかな」という同じ文末 形式が用いられている(38)と(39)を比べると、「わりと」 を用いた(39)の 発話では、「けっこう」を用いた(38)の発話よりも断定の度合いがさらに 低くなっているようである。 3.2.4 話し手による事態の認識を表すもの 3.2.1〜3.2.3 の 3 つの形式とは性格が異なり、可能性を示すものではない が、「けっこう」と「わりと」のモダリティ副詞的な用法と共起しやすい 形式に「んだ」(「のだ」の話し言葉の形式)がある。これは、話し手が 自分の以前の認識や一般的な観念と照らし合わせ、事態を新たに把握する ときに用いられる。先の(23)が「わりと」の例、(40)が「けっこう」の例 である。 (23) F052:一緒にいこっか 。 F052: ( うん )いつごろ行けるか言ってくれたら 。 F142: うん 。 F142:わりとえいやって思えば、行けるんだよね 。 (名大) Asian and African Studies XII, 3 (2008), pp.129-156 145 (40) 2463 06C:わりあい、[名字(06D)]さんとねー、ぼくでねー、ついうっかりして 声かけ忘れる、忘れはしないんだけどー、タイミングが2、3日ずれたぐらい で、もー、けっこうお互いにねー、いじけ合うんだよ。<笑い 複数> (男性) (40)では、話し手や相手の 06D は認めたくないかもしれないが、「お互 いにいじけ合う」という事態が実際に起こっており、そのことを話し手が 改めて認識していることを「けっこう」と「んだ」によって表していると いえる。 3.3 「けっこう」と「わりと」が表す話し手の認識 「けっこう」は、「話し手の予想よりも高い可能性で物事が実現する」 という話し手の判断を表すといえる。 一方、「わりと」は実現可能性の高さを表しにくい。「わりと」は、 「通常予想されることと比較して物事がある状態になる傾向が高い」とい う話し手の判断を表しているといえるだろう。 「けっこう」と「わりと」の用法には、程度性・量性が強く表れている ものからモダリティ副詞のほうに大きく傾いているものまでさまざまなケ ースがあると考えられる。「かもしれない」などと共起し、実現可能性を 表す用法では、程度性や量性がかなり薄くなる。しかし、「けっこう」と 「わりと」がモダリティ的な機能を持つ場合にも、程度・量を限定する機 能をまったく失うわけではなく、特に、3.2.3 不確定な判断を示す形式と共 起する場合には、発話中の程度性や量性を表す語とも結びついて、二つの 機能が共に用いられることも多い。 4 間投用法 話し手が聞き手に対して何かを説明する場合に、適切な言葉や説明のし 方を探し、言い直しをしながら「けっこう」や「わりと」を使用する例が 観察された。 KOBAYASHI Reiko: The Discourse Function of Japanese … 146 蓮沼(2001)は、このような言いよどみや間つなぎに「けっこう」が使用 される場合に注目し、これを間投用法として、「言語表現の検索・編集・ およびその適切な一例の提示」をしているものと結論づけている。 まず、「言語表現の検索・編集」という機能で「けっこう」が用いられ ている例を見てみよう。1.で示した(3)、(6)のほかに資料中には(41) 、 (42)のような例がみられた。 (41) 005 11C:[建物名]寮はけっこうほら、ベッドルームといちおう、なんてゆうの {えー (11A)}こう分かれててー、それなりに、く、こー、ね、{そうなんですよ (11A)}伝統のある居住空間ってゆう感じがして、これいいなーとか思ってー いたよー。 (男性) (42) 629 09A:(前略)、[社名]の自分んとこの設備と比べたらしいんだけどー、あ の、うちのー設備はねー、裏のほうの柵が非常に多い、要は、設備の裏、裏っ かわね、だから、わりとーそのー、なんてかなー、裏へ回るとー、向こうは簡単 に入れるようなとこが多いんだけどー、[社名]は少ないね、とゆうことです。 (男性) (41)では「けっこう」、(42)では「わりと」を用いながら、話し手は自 分の言いたいことにぴったり合うような表現を探している。言語表現を検 索している間には、 ほかの間つなぎの表現「まあ」、「そのー」、「な んていうか」などが共に使われることが多い。 このような用法で、話し手は「けっこう」や「わりと」を使うことで言 語表現を検索中だということを聞き手に知らせている。またそれと同時 に、話し手は次に評価や意見表明などといった話し手の判断を伝える言語 行動を行うつもりであるということを(意図的にではないとしても)聞き 手に示しているのではないだろうか。 話し手が「けっこう」を用いて適切な表現を探している場合、聞き手が 検索中の表現に合うものを見つけてくれる(43)のような例もある。 (43) F004:30 万以内で(うん)抑えたいっていうのでー。 F004:で結構シーズンもー、(うん、うん)なんて言うの、あのー。 F090:お正月とかだから高いんだよね 。 Asian and African Studies XII, 3 (2008), pp.129-156 147 F004:そう、そう、そう。 F004:結構高いシーズンで 。 (名大) (43)で F004が 2 番目の発話で「結構シーズンもー」と言った後、適切な 表現が見つからず困っているが、F090 が次の発話で「高いんだよね」と 言い、F004 がその「高い」という言葉を用いて「結構高いシーズンで」 と続けている。 次に、間投用法のうちの「適切な一例の提示」を見てみよう。これは、 最も適切な言葉は見つからなくても、とりあえず似たような言葉や例で表 現してしまうものである。(44), (45)は単語レベルの例、(46), (47), (48)は説 明のし方にかかわる例である。 (44) 3040 06A 現代だけど、わりとこう#####。 3041 06A なんか、秘境みたいなところに###。 3042 06I 冒、冒険小説。 3043 06A そう。 (女性) (45) F157:だから、わりと、うん、さっぱりしてるというか、あんましそんな、ね 。 (名大) (46) 7616 15A:なんかー、今けっこう、[社名]の人からー、そのー、ぼくの友達の コンピューターの会社の社長もー{うん (15C)}、えー、ベンチャーのほう始 めてみないか、みたいなこといわれてるらしいんですけどね。 (男性) (47) F049:(前略)そう重視するところが、(うん)働いてる女性の人は、(うん)わりと なんか合理的に(うん)いろいろ家事をすませた いみたいのが(うんうん)強い からー、なんていうのかな、なんかそんなにキッチンにこだわらないとかさ、(う んうん)逆に、帰ってきて景色 のいい部屋があればいいとかさ、(うんうん)ちょ っと違うんだよね。 (名大) (48) 3990 09K: 今、スペイン語、ポルトガル語がー、けっこう、友達外語大のやつ がいて、そこら辺の学校、出身のやつがひくてあまたとか###。 (男性) (44), (46), (47)では「みたいな」、(45)では「っていうか」(48)では「と か」という表現が例示の後につけられて、この表現が最終的なものではな く、編集される必要のあることが示されている。(47)では、とりあえず KOBAYASHI Reiko: The Discourse Function of Japanese … 148 「合理的にいろいろ家事をすませたいみたいのが強い」と言った後も、よ り適切な説明を探し、「そんなにキッチンにこだわらないとか」と例示を 続けている。なお、(46), (47)では「なんか」という間つなぎの表現も共に 用いられていた。 では、「けっこう」と「わりと」が一緒に間投用法で使われる場合、そ の機能はまったく同じなのだろうか。(49)は、一発話の中で「わりと」と 「けっこう」の両方が用いられている。 (49) 1341 03A:とはいえー、あの、ま、特にうちで、[社名]の一課で抱えているお 店って、わりとそのー、外資じゃないんだけどー、けっこう有力なお店が多い んでー、その、外資でどうやってるのかですねー、ほかの大きいお店でどうや ってるのかって、けっこう気にするお店が多いんでねー。 (男性) (49)では、「わりと」と言った後に適切な言葉が見つからず、似たよう な表現で代用し、続いて「けっこう」の直後により適切な表現に言い換え ている。さらに最後にもう一度「けっこう」を使って重要な点をよりはっ きりと説明している。こうしてみると、「わりと」と「けっこう」は艦頭 用法においても役割が違うのではないかと思われる。 ほかの言いよどみや間つなぎの表現との違いもあるだろう。川上(1992) によると、間つなぎの「なにか(なんか)」は「それが何であるか分から ない」「何であろうか」という内容性を持って、後続文に対して注釈・挿 入句的に働くという。また、川上(1994)は「まあ」の基本的意味である 「概言」が間投用法においても、「大まかにいう」、「それはそれとし て、とりあえず今のところ言うならば、こんなふうに」と仮の言語化を行 う姿勢となって現れていると述べている。 「けっこう」や「わりと」にも言語表現化のレベルで各語の基本的な意 味が表れているのではないだろうか。 「けっこう」の間投用法においては、モダリティ副詞的な機能の「実現 可能性」が、「このような言語表現がある程度可能である」と話し手が見 込む姿勢に現れているのではないだろうか。 Asian and African Studies XII, 3 (2008), pp.129-156 149 また、「わりと」の「ほかのものと比較して」という基本的な意味は、 「どちらかというとこのような言語表現になる、ほかの表現と比べれば適 切だといえる」という注釈的機能に反映されているといえるだろう。 5 「けっこう」と「わりと」の表現効果 話し手が自分のことや自分の側に属するものについてプラスの評価をす る場合、「けっこう」を使って、自己評価の高さを弱めることができる。 (50)がその例である。 (50) 6838 14A:シャンプーとかはなに使ってんのー↑ 6839 14J:シャンプーは、美容室で買ってるやつ。 (中略) 6846 14A:けっこういいでしょー。 6847 14J:はーい、すごく。 (男性) (50)の 6846 で、14A は自分の店で販売しているシャンプーについて「け っこういいでしょー」という発話で「そんなによくないかもしれないとい う予想に反して」という意味を込めている。一方、14J は 6847 で「はー い、すごく」と応答している。もし逆に、14A が「すごくいいでしょー」 と言った場合、自分の店の商品を自慢しているような印象を与えてしま う。また、14J が「はーい、けっこう」と言ったら、事前に低い評価をし ていたことが表れ、相手は気を悪くしてしまうかもしれない。この客が美 容師と親しい関係だったら、「美容室のシャンプー、けっこういいです ね」という発話は許容されるだろう。しかし、もし学生が先生に向かって 「先生の論文、けっこういいですね」と言ったら、失礼な発言となってし まう。 次の(51)では、話し手が自分の能力(いい考えが思いついたこと)につ いて述べているが、はじめに「けっこう」を用いて「予想外に」という気 持ちを表し、さらに「わりと」も使用して程度を弱め、「普通よりややい い」というような控えめな自己評価の表現になっている。 KOBAYASHI Reiko: The Discourse Function of Japanese … 150 (51) F110:それでだから、あー頭悪ーい、浮かばなーいとか思って (うん)ずーっと もんもんとして、でも結構最後にわりといいんじゃない?っていうのが(あ)思い ついて、やったーって。 (名大) (52)は、物の属性を表す場合に「超」を用いた後、「けっこう」と言い 直している例である。 (52) F159:スカイビルってわかる ? F159:ちょ 、超 、結構高層だよね。 F159:(うん)かなり高層ビルでー、(うん)上に空中庭園って(うん)いうのがあ って(うん)何かとにかく見た目もすごい近代的だし。 (名大) (52)で話し手は 2 番目の発話で「超」と言った直後「結構」と言い直し て程度を弱めている。「けっこう」を用いることによって、話し手は聞き 手の認識状態への配慮を表しているのではないだろうか。つまり、聞き手 がその高層ビルについてどのような認識をしているかわからない、と考え る話し手の態度を表しているといえる。話し手は、続いて聞き手の同意の 応答「うん」を得た後、再度「かなり」を用いて「高層ビル」が高いこと を示している。 ただし、「けっこう」自体にプラス評価を緩和する機能はなく、「けっ こう」が緩和表現として働くかどうかは文脈によるものであると考えられ る。「けっこう」が程度の小ささを表す「ちょっと」の後に用いられた場 合は、逆に程度を強める用法になる。(53)がその例である。 (53) 10034 17A:1万円って、でもちょっとおっきいなー、★けっこう。 10035 17K:→大きい←でしょう。 (女性) (53) では、10034 で 17A が「ちょっと」によって「おおきい」という表 現を緩和した後、「けっこう」と加え、実際は「予想よりかなり大きいと 思っていること」を表している。また、(54)の例では、「ちょろっと」と いう「量の少なさ」を表す表現と対比され、「けっこう」が繰り返して使 われている。 Asian and African Studies XII, 3 (2008), pp.129-156 151 (54) 9160 15B:こないだだって、けっこう表情筋の話、前みたいにちょろっと見せ てゆっただけじゃなくて、けっこうゆったわよねえ。 (女性) (54)のような用法では、発話内容について聞き手が気づいていないとい うことが強調され、それに対する話し手の苛立ちのような感情が表れてい る。 一方、聞き手にとって好ましくないことを指摘したり、聞き手と反対の 意見を言ったりする場合の緩和表現として「わりと」が用いられることも ある。その例としては、先に挙げた(16)がある。 (16) 7407 14A:(前略) やっぱりその当り前のことがねー、挨拶ー、だとか、 わりとできていないんでー、それでー、きのーう、あのチェック、しましたよね↑ (男性) (55)では、聞き手と異なる見解を述べるときに「わりと」を使って、 「一般的な基準に比べてやや」という注釈をつけ、その発話を和らげてい る。 (55) 1650 04B:服とか、ブランドもの着てるわけでもないよねー。 1651 04D:うん、#####, 1652 04A:でも、わりとこー、たぶん、その、カジュアルなものでもー、わりと値 の張るものは買ってると思いますよー。 (男性) また、話し手の認識が聞き手と異なる場合に、「わりと」で言いさし て、異なっている考えについてはっきり述べないという例(56)もみられ た。 (56) 9682 16A:でも、こうゆう本って、もうでてるよねー、★どっかからねー、いっぱ い。 9683 16E:→あると思うけど、←★専門だったら。 9684 16A:→せん、そう、←専門教育出版とかさー。 9685 16E:うーん。 9686 16A:それと★、どっ、ど。<言いさし> 9687 16E:→ただ、←がい、外国人留学生ってしぼってるとね、わりとー。 KOBAYASHI Reiko: The Discourse Function of Japanese … 152 <言いさし> 9688 16A:そうだっけ。 (女性) (56)では、9687 の 16E の発話の中で、「わりと」の後に「まだあまりそ ういう本はでていない」という、聞き手 16A とは異なる認識が省略されて いる。しかし、聞き手 16A は「ただ〜しぼってるとね」という前の部分の 発話の助けも得て、「わりと」によって話し手が言いにくそうな態度をと っていることを理解している。それに続いて 9688 で 16A は「そうだっ け」と省略された内容に対する確認要求をしている。 (57)の例では、第 3 者の好ましくない性質を描写するときに「けっこ う」が用いられている。それによって「意外に」「そうは思っていなかっ たが」という話し手の気持ちを表し、他人の欠点を述べているという言語 行動のマイナスイメージを和らげることができる。 (57) F098:はあなんか、いや、この雑談でも、忘れ、あの、メールをパーとお読みに なるみたいで、(はい、はい)だから、あの、飛ばしられ たし、その前も、名古 屋ガーデンホテルにっていうから、いや、ガーデンじゃなくてガーランドですよ って話したので、結構、せっかちなんですよね、きっと M 0 2 9 さんって。 (名大) (57)では、「けっこう」を用いることによって「せっかち」という M029 さんに対するマイナスの評価が婉曲的に行われていることが示され ている。 以上のような例の観察から、「けっこう」や「わりと」の表現効果につ いて次のようにまとめることができる。 − 話し手自身のことに対してプラス評価をする場合、「けっこう」を用いた発 話は控えめな自己評価を表す。 − 聞き手に対してプラス評価をする場合、「けっこう」 を用いた断定的な評 価の発話は、特に目上や距離のある聞き手に対して失礼になる。 − 聞き手にとって好ましくないことを指摘したり、聞き手と反対の 意見を言ったりする場合、「わりと」を用いた発話は話し手の対 立的な姿勢を緩和する。 Asian and African Studies XII, 3 (2008), pp.129-156 153 − 第 3 者に対してマイナス評価をする場合、「けっこう」の使用は 話し手の批判的な態度を緩和する。 6 おわりに 小論では、「けっこう」と「わりと」の基本的意味がどのようにして、 「モダリティ副詞的用法」と「間投用法」に拡張されていくのかを観察し てきた。データを分析することにより、一見まったく別の機能を持つよう な用法にも各語の程度副詞としての基本的な意味が反映されていることが 確認された。 以下、「けっこう」と「わりと」の基本的意味と拡張用法との関係をま とめる。 基本的意味 予想よりも程度が大きいことに対 する話し手の意外な気持ちの表現 →程度・量限定用法 発話内容に対する話 し手の認識 予想よりも高い可能性で物事が実 現する →モダリティ副詞的用 法 言語表現化の過程 このような言語表現がある程度可 能である →間投用法 表 2: 「けっこう」 基本的意味 予想や一般的な基準と比べてやや 程度が大きいことを表す →程度・量限定用法 発話内容に対する話 し手の認識 通常予想されることと比較して物 事がある状態になる傾向が高い →モダリティ副詞的用 法 言語表現化の過程 どちらかというとこのような言語 表現になる →間投用法 表 3:「わりと」 最後に、第 5 節では、「けっこう」と「わりと」が聞き手への配慮表現 や緩和表現となって効果的に使用されるための条件についても触れた。表 現効果と上にあげた談話における用法との関係は整理しきれておらず、今 後検討すべき課題としたい。 KOBAYASHI Reiko: The Discourse Function of Japanese … 154 参考文献 秋田恵美子 2005 「現代日本語の『ちょっと』について」『創価大学別科紀要17号』 72—89 創価大学 浅野百合子 1983「程度副詞の分析—ずいぶん・だいぶ・なかなか・相当・かなり ー」『日本語教育52号』47—54 日本語教育学会 川上恭子 1992 「談話における『なにか』について」『園田国文13号』73—82 園 田学園女子大学 川上恭子 1994 「談話における『まあ』の用法と機能(二) : 展開型用法の分類 」 『園田国文15号』69—79 園田学園女子大学 砂川有里子他 1998 グループ・ジャマシイ編著 『教師と学習者のための日本語文 型辞典』くろしお出版 小林玲子 2009刊行予定 「量程度の副詞における主観性―『けっこう』を中心とし て―」『日本語教育連絡会議論文集 vol. 21』51―60 日本語教育連絡会議事務 局 工藤浩 1983 「程度副詞をめぐって」 渡辺実編 『副用語の研究』 明治書院 工藤浩 2000 「副詞と文の陳述的なタイプ」 森山卓郎・仁田義雄・工藤浩著 『日 本語の文法3 モダリティ』 岩波書店 佐野由紀子 2008 「『 程度差 』 『 量差 』の位置づけ--程度副詞の体系についての 一考察 」『高知大国文39号』75―64 高知大学国語国文学会 中山惠利子 1996 「程度副詞分類の試みーその程度・量・基準によりー」『阪南論 集 人文・自然科学編』31(3) 75―86 阪南大学学会 日本語構文研究グループ 1991 『日本語、こんなときどうする? 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